カラオケ・イベント

底の無い引き出しはただの箱。本日大箱。

2015年12月29日。

 

 

ある人は家族で年越し用の食材を求めて買い物に行ってたり、ある人は仕事の御用納め後の親しい人達との飲み会であったり。

 

 

またある人は、すでに年末モードでこたつでのんびり過ごしていたり。

 

 

そんな日だろうと思う。

 

 

私は違うけど。

 

 

2014年のその日は、東京でお仕事をしていました。

 

 

2013年のその日は・・・

何してたかな?

記憶に無いくらいどーでもいい事してたんだろうな・・・。

 

 

そして2015年の12月29日。

 

 

1ヶ月以上前から決まっていた、デスコパーチーの日なのです。

 

 

ディスコパーティー。

 

D・I・S・C・O!

 

 

クラブ全盛期の頃に散々遊びまわってた私にとっては、ディスコだろうがクラブだろうが、そこに音楽があり、お酒があり、踊る場には変わりない。

 

 

そう。変わりない。

はず・・・。

 

 

いやーでもいくら何でも、1人で行かないでしょ、ですこ。

 

 

もちろん、母と共に出陣。

 

 

その前に前置きを少し。

 

 

私は見かけによらず(?)胃腸がとても弱い。

 

 

一年くらい前に大腸に憩室が見つかって、この時は痛みに鈍く腕に油がはねて火傷をして水膨れになっても、

「何か痛いな・・・」

ぐらいまで気付かない私が、

「これが盲腸ってやつかー・・・はふぅー・・・」

って程の腹痛で病院に行った。

 

 

憩室ってのはポリープの逆バージョンみたいなもので、腸にくぼみが出来て、細菌が入ると炎症を起こして痛ーいのです。

 

 

あまりにも炎症を起こす頻度が高いとそのくぼみ部分を切除するんだけど、まだそこまでじゃぁー無い。

 

 

こーれがまた盲腸と同じ場所に憩室があるため、医者の判断ミスがあれば間違ってお腹を切られかねないという危うい場所。

 

 

長くなりました。

 

 

話は数日前に遡る。

 

 

世の中はキリストの生誕を祝うクリスマス。

 

 

私は発熱と腹痛。

 

 

諸々の予定を全部キャンセルする程の腹痛。

熱はどうでもいいくらい、とにかく腹痛。

 

 

翌26日。

 

 

机の角に足の小指をぶつけて血豆ができても、それどころじゃない程の腹痛。

 

 

ただの腹痛で

「お腹痛いから今日何もできませんゴメンナサイ。」

って子どもかっ( ゚д゚ )!!

 

 

と、文字通り片腹痛いわぁーと片腹抱えながら仕事をこなし、眠れぬ夜を過ごした26日。

 

 

夜中にMISIAの「眠れぬ夜は君のせい」が頭の中でリフレインしてたけど、君のせいって誰のせいでもないやん・・・

 

 

誰かのせにするとしたら、自分のせいやん・・・

 

 

とか無関係な事を考えながら、夜が明けた。

 

そして27日の朝。

 

 

気合いと根性と意地の限界を迎えた私は、母に電話した。

 

 

「病院に・・・

 

 

  病院に連れってって・・・

 

 

  頂けませんか・・・・・・」

 

 

大腸憩室炎の再発であーる。

 

 

パンダみたいな名前の抗生物質とホストみたいな名前の抗炎症鎮痛剤を処方され、ひたすら自己治癒力に祈った25日からの5日間。

 

 

で、何とか歩けるまで快復し、29日のディスコですやん。

 

 

母は一応毎日、”体調どうだい?”と、気遣った風のメールをくれていた。

 

 

ディスコパーティーは16時開場。

 

”16時開場だけど、4時に行ってもまだ盛り上がってないよね。5時くらいに行って、2時間くらい遊んでご飯行くか。”

 

 

と当日メールがきて、その後

 

 

”外凄く寒いから、5時くらいに車で迎えに行くね。”

 

 

おぉ。なんかちょっと優しげ。

先に送ってくれんの?

 

 

と思ったが、根本の根っこのその土壌レベルからの勘違い。

 

 

「じゃー車置いたら・・・?」

 

 

「・・・?タクシー?」

 

 

「歩いていけるよ?」

 

 

知ってるけど、

 

 

わかってるけど、

 

 

一緒になって歩くんかい( ゚д゚ )!!

 

 

送迎距離短っ( ゚д゚ )!!

 

 

一緒に歩きました。

 

 

氷の上に雪が積もってる魔の道を。

 

 

そして3丁程歩いた時、母は言った。

 

 

「んへっ♪

 

 

今日ねっ、

キレイに化粧してきたのっ(*´ω`*)」

 

 

「ん?どれー?」

 

 

と言って覗き込んだ私の顔を見て、また母は言った。

 

 

「なんか違うっ!!

 

 

何が・・・

 

 

何が違うんだろ・・・( ;´Д`)

 

 

ぎ、、、、ぎ、、、

 

 

技術( ;´Д`)?」

 

 

ていうか、車で隣に座り、3丁隣を歩いてた娘の顔を今初めて見たのかい。。

 

 

向き合う必要はないけど、見なさ過ぎ・・・。

 

 

気楽と無関心は紙一重。

 

 

うむ。

・・・うむ。

 

 

そして開場済みの会場着。

 

 

現代にジュラ紀を見た。

 

 

恐らく間違いなく、あの会場で私は最年少だったと思う。

 

 

踊りが違う。

 

 

バニーちゃんがいるっ!

と思ったら、バニーガールならぬバニー老女。

いや、バニー魔女?

 

 

スミノフ片手にめっちゃ腰振ってお立ち台で踊ってるー(ΦдΦ)

と思ったら、齢50代後半のお姉様。

 

 

もう一度言いたい。

現代にジュラ紀を見た。

 

 

おばさん強し。

 

 

母とひと踊りして小休憩に入った私たち。

 

 

母は言った。

 

 

「なんかココに来るとさーっ!

(爆音だから叫び声)

 

 

私もまだまだイケるぞってパワーもらえるよねっヽ(゚∀゚)ノ」

 

 

「う、

   ・・・うんっ!」

 

 

DISCO

 

 

バニー魔女がいてボディコンマダムがいて、たったの2時間で満足満腹でありました。

 

 

既に体が痛し。

 

 

ディスコ世代とクラブ世代は踊り方が違うらしく、よって使う筋肉も違う。

 

 

会場退場。

からのー、晩ごはん。

 

 

しかーし。

 

 

どこもかしこも満席で入れず。

 

 

そりゃね。

そうよね。

 

 

 

はっ・・・(゚∀゚)☆

 

 

琉球があるではないか。(→まったり琉球 )

 

 

電話してみた。

が、出ない。

 

 

と、掛かって来たぁぁーーー(゚∀゚)!!

 

 

「あ、どうもー。今日から休みで・・・」

 

 

ずぅーーん・・・。

 

 

母も疲れてきて、

「もう帰ろっかぁ・・・」

なんて言い始めた。

 

 

はっ・・・(゚∀゚)☆

 

 

少し離れたところの中華なら・・・

 

 

電話してみた。

ら、出た。

予約おっけーぃ。

 

 

早速向かうも、会場を退場してから既に一時間も経過している。

20時半にお店到着。

 

 

もう帰ろっかぁ・・・と投げやりになりかけていた母が、店に入って座った途端、

「お腹空いたねっ(*´ω`*)♪」

 

 

・・・うん。

 

 

お先にご注文よろしいですか?と店員が離れない。

 

 

母は早い。むしろ速い。

 

 

「私アレだっ。

 アレ。

 

 

 すぶ・・・

 

 

酢豚(*´ω`*)

 

 

と、麻婆豆腐?」

 

 

「う・・・

  うん。」

 

 

確かに私は麻婆豆腐が好きではあるが、何しろ5日ぶりの固形物。

 

 

うげっ。。

と思いながらも、頷いてしまった・・・

 

 

SUBUTA

MABO

 

 

こうして私は、大腸憩室炎からの強制復帰を果たしたのであーる。

 

 

中華といえば、母は小籠包が好きである。

 

 

しかも結構細かいところにまでうるさい。

 

 

はて。

 

 

そういえば、母はいつから小籠包好きになったんだ?

と疑問に思い尋ねると、

 

 

「アレだっ!

 

 

横浜だっ!

 

 

中華街だっ!」

 

 

なぜか一語ずつ・・・

 

 

言われてみれば、私の東京出張の時に一緒に付いてきて、初日は私が身動き取れなくて母をはとバスに乗せ、翌日に中華街に連れてった事があった・・・

 

 

「あれ、私なんでついてったんだっけ?」

 

 

私も謎。

 

 

母は手羽先も大好きである。

 

 

東京蒲田にある、激ウマ手羽先屋に連れて行ってからの事である。

 

 

「あれ、私なんでついてったんだっけ?」

 

 

もはや全て謎。

 

 

「私の記憶の引き出し、

もう新しいもの入らないんだわっ(;・∀・)」

 

 

「きっと、引き出しの底が全部抜けてるんだよ・・・」

 

 

2015年も変わらず、とても良き年でありました。

 

 

唐突に母が言った。

 

 

「やっぱり来年も何か目標作らなきゃっ(*´ω`*)

 

 

じゃないと頑張り甲斐ないしょっ(^ν^)」

 

 

そういうもの・・・なんだね。

 

 

という事で、来年の「目標」は大阪のテーマパーク・USJと、

蘇った伝説のディスコ・マハラジャになりました。

 

 

22時頃に帰宅した私は、片付け諸々を終えて仕事に取り掛かろうとしていた。

 

 

うぬ?

母からメール。

 

 

”階段が辛いと思ったら、ディスコのせいだった”

 

 

・・・・・・。

 

 

山もあり谷もあり、喜びもあり痛みがある。

 

 

それが生きるという事ではないでしょうか・・・

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